言語と人の意識

前から読みたかった本をいただいたので さっそく読み始めました。
タイトルとか内容は また読了後に改めて書きますね。
今 読み終わった章は 言語が人のこころを どんなふうに変えるか? みたいな内容でした。
むかし 植民地になったところでは 支配した国の言葉を使うことがスタンダードだったみたいですね。
なので アフリカでフランス語が使われたりするんだなって 今更ながら納得しました。
これは外国でのことについて考察されたものですが 読みながら日本も似てるな~と思ったりしました。
植民地である島から フランス本土に渡っていく若い人たちは 里帰りすると すっかりフランス語を話すフランス人になる。
もともとの地元の言葉を忘れちゃったり 敢えて使わなくなったりしていたそうです。
それで パリのどこそこに行ったとか 何を見たとか 島の人たちに話すわけです。
そうすると 私たちでいうところの 都会人 として 羨望の目で見られるとか。
もし この地元民の期待を裏切るように パリのことあんまり知らないみたいになると
バカにされるか 都会人ぶるのを止めろ っていう なんとも 分かるような分からないような…です。
これって日本も似てませんか?
日本には各地に方言があって ちゃんと その土地のカラーがありますよね。
私はどこかに出かけて その土地の言葉を聞くのが好きなので ものすごい標準語だとがっかりしますけど…。
この 土地に根差した言語 っていうのが その人のアイデンティティーにつながるっていうようなお話です。
地方から東京に行くと なんでか 標準語 っていうのに みんな合わせていきますよね?
別に出身地の言葉でもいいし そういうのって大切にした方がいいのにって思います。
私が生まれてからずっと暮らしている横浜の海っぺりは むかし漁師町だったので言葉は割と荒いです。
後から引っ越してこられたり アップタウンにお住いの方は それなりに上品ですけどねw
もうひとつ気になったのは 植民地の人たちに 入植した側が話しかけるとき 片言で話すという件でした。
この本を書いた方は精神科のお医者さんなのですけど どの患者さんにも丁寧に話すを信条とされてきました。
あるとき メンタルが弱ったおばあちゃんに 子どもに話しかけるような態度を取った自分に失望したと書かれています。
この方の言い方を借りるなら かがんで話しかけた っていうニュアンスです。
かがむっていうことは 確実に相手を下に見た自分がいる そう認識されたんですね。
よく お年寄りや障碍者の方の施設で 赤ちゃんみたいな扱いをするな そういう話し方をするなって教えます。
もちろん このお医者さんが かがんで話しかけたのは おばあちゃんの状態を診てのことでしたが
基本 相手と自分 お互いの尊厳を守ることって こういう姿勢に出るものなのかなと思ったりもしました。
もうひとつ どの言語を使うのかで その人の考え方や行動様式 いろいろなものが影響をうける。
あ~ これってあるわ と 納得しました。
英会話がまったく得意ではない私が 無理くり英語で話すときって あたまの中は日本人じゃなくなってるかもと思ったり。
それと同時に アメリカ人に合わせた行動してるよなあって…。
これって 地方から東京に出て来た人が 自分の故郷の言葉をつかえないのと同じなのかな。
何気なく使ってて 日本人だから日本語を当たり前に使っているけど 言語って人に大きく影響すんだなって思った次第です。
あ これって忘れないメモみたいなものなので さらっと読み流してくださいねw

人気ブログランキング